はじめに
皆さんこんにちは。GCコンテンツ編集部です。本コラム記事では、品質管理の歴史についてご紹介させていただきます。品質管理は、製造業(ものづくり)業界では一般的な考え方ですが、ビジネス全般で見たときには知名度が高いとは言えません。ソフトウェア業界においても同様で、品質管理について詳細な知見を持たれている方はそう多くはないと思いますが、一方でソフトウェア業界は様々なシチュエーションで品質管理のノウハウが取り入れられています。Webサービス業界にいらっしゃる方で、品質管理についてこれまであまり勉強してこなかった、という方がいらっしゃいましたら、ぜひ本記事をご一読いただけたらと思います。皆様のお力になれると思います。
工業史からはじめる品質管理の歴史学習
前回の記事でもお話させていただいたように、品質管理の本質は歴史にあります(執筆者主観)。もちろん歴史だけ知ればよいというわけではありませんが、品質管理に関してはその成り立ちを知ることで既存の知識で持っている点が線になるような感覚が得られます。
品質管理の歴史は工業史とともにある、と言っても過言ではありません。品質を管理する、という考え方は工業の発展とともに成立してきたのです。ここで、工業史とは何かを簡単にご説明させていただきます。
工業史とは、工業が時代とともに進化してきたことを示す、工業の歴史です。工業とは、百科事典マイペディアによると、
「自然の原料に人力や機械力を加え、商品価値のある生産物を製造する産業。」
を意味します。
つまり、それぞれの時代において人々がより豊かな暮らしを送ることに貢献してきたものこそが、工業で、まさにその時代を彩る時代背景の本質とも言えます。
日本において、15世紀以前に主流とされていたのは、生産者が必要な資本を直接所有し、自身で生産する方式である、家内制手工業と言われる方式です。これは、工業生産のもっとも原始的な形態(日本大百科全書より)と言われる家内工業の一種です。家内制手工業では、1人の作業者がすべての工程を担われるため、シンプルで、そもそも管理対象ともならないような工業形態でした。
次に15世紀以後に主流となったのが、工場制手工業と言われる形態です。この形態は、工場を設けて労働者を集め、大人数で分業・協業を行い、効率的に生産を行う方式のことを示します。工場制手工業では、複数の作業者によって作業が行われるため、製品の質が作業者に依存するようになるとともに、生産される製品の量も多くなります。そのため、管理者は生産される製品の品質を管理する必要が出てきます。
18世紀後半にワットによって蒸気機関が発明され、工業形態に革命が起きます。いわゆる産業革命です。これまで手作業で行われていた作業が機械に置き換わり、手作業に比べて生産できる製品の量も膨大になります。工場制手工業のときから、製品においてその品質を管理する品質管理の重要性は認識されていました。しかしながら、工場制機械工業における品質管理の重要性はその比ではありません。どのように機械・作業員を管理するか、方法論が生産性、品質を決定づけるコアファクターとなったのです。この産業革命における工業形態の変化は後の戦争や科学的発明の多くに繋がったと言われていますが、同様に品質管理が本格的に方法論として確立されたのもまさにこの時代だったのです。
科学と統計による品質管理の幕開け〜統計的品質管理〜
大規模で大容量の製品の生産が必要になったとき、私たちはどのように品質を管理すべきでしょうか。まず歴史的な重要な変換点として、品質管理に科学を持ち込んだ人物がいます。フレデリック・テイラーというアメリカ人です。ここでは科学哲学の議論は行いませんが、科学とは、カール・ポパーによるところ、反証可能性の存在や、再現性があることが科学たる必要条件として考えられます。フレデリック・テイラーが著した科学的管理法の原理は、生産現場の管理に主軸を置き、労働者の賃金体系にまで足を踏み入れたような内容でした。当時のアメリカにおいて、フレデリック・テイラーの考え方は非常に先進的で、テイラーは科学的管理法を用いたコンサルタントで多くの成果を出し、彼の考えは世界中に広まっていくことになります。
フレデリック・テイラーが科学的管理法の原理を著した十数年後、シューハートという物理学者がテイラーとは全く異なる観点で品質管理に立ち向かうことになります。シューハートは管理図といわれる図によって製品がどの程度異常なサンプルを含むか統計的に算出する方法を考案しました。これは、統計的品質管理の幕開けで、工場制機械工業によって生産される膨大な製品の品質を統計的に管理することができるようになったのです。
テイラーとシューハートという二人の偉大な科学者によってこれまで属人的に行われていて、科学とは対局にあった品質管理が学問体系とも言えるような形で体系化されはじめました。
このような動きは20世紀初頭の動きで、国際的な事件としては第一次世界大戦が行われていたのがちょうどこの頃です。大規模、大容量の製品の作成の必要性がこうした時代背景を基に大きくなっていったことも見逃せない視点です。
日本に品質管理の考え方が入ってくることも、まさにこうした歴史的な背景があります。現在でもその名が語られるデミング博士の登場です。
デミング博士による品質管理の確立
ここで、品質管理を語る上で避けては通れないデミング博士の登場です。デミング博士は、数理物理学で博士号を取ったいわゆる理系の方で、統計アドバイザリーとしてアメリカ農務省に勤務していました。そこで、先ほど登場したシューハートによる統計的品質管理に関わる講義をまとめ、1939年にStatistical Method from the Viewpoint of Quality Control を出版しました。本書は品質管理の分野における草分け的な存在の本として、現在でも広く知られています(もとの論文の被引用件数は2022年1月18日現在2955件)。デミング博士は統計的品質管理に関わる知識体系をまとめるだけでなく、コンサルティングで当時のフォード・モーターをアメリカで最も収益性の高い会社へと導いたことでも有名です。こうしたデミング博士の成果はアメリカ全土で評価され、1987年に「統計的手法を広め、標本化手法を考案し、品質向上のためのマネジメント哲学を企業や政府に広めたことに対して」アメリカ国家技術賞を受賞しました。アメリカ国家技術章は技術分野ではアメリカ合衆国で最も権威のある賞です。
シューハートとデミングの2人によって品質管理は数学的な手法で確立されていきました。この考え方は日本に取り入れられていくわけですが、どのような時代背景のもと輸入されるのでしょうか。
統計的品質管理の日本への輸入
日本史の中でもターニングポイントですが、品質管理の中でもターニングポイントであるのは、終戦です。1945年に第二次世界大戦が終戦し、日本の統治にGHQが介入したことは小学校・中学校の歴史で学習され、ご存知の方が多いと思います。現代でこそ、Made In Japanは品質が高いことを意味しますが、当時はMade In Japanといえば、粗悪品であることで有名だったそうです。GHQは日本の産業を立て直すにあたって、このような品質への考え方・手法の改善を行うことが重要であると考え、当時の日本の企業経営者に対してQuality Control、つまり品質管理の重要性を説きました。このような時代背景のなか、日本の経営者たちの手によって、(財) 日本科学技術連盟(略称:日科技連,1949年)と(財)日本規格協会(1945年)が設立されました。日本の生産性を高めるためにも、品質管理の考えを日本社会(特に経営者たち)に教育することは急務でした。しかしながら、日本社会でこれまで築き上げられてきた手法に対して新しい考え方を吹き込むことは容易ではなく、品質管理が日本に根付くことはそうたやすくはなかったそうです。
日科技連は日本に品質管理の考え方を普及するため、アメリカからデミング博士を招きました。日科技連発行の資料によると、少なくともデミング博士は2回来日しており、内1回1950年の来日では、デミング博士 「品質管理8日間コース」が行われたと記載があります。このようにデミング博士は日本に品質管理における科学的な管理方法をまさに自身が主体となって行ったのです。
日本ではこうしたデミング博士の品質管理業界への多大な貢献を祝して、デミング賞を設立しました。2022年現在においても、デミング賞は品質管理における日本で最も権威のある賞として存在しています。
このように、品質管理は工業化の発展によって科学および統計的な観点を切り口に体系化されました。品質管理はこの後、1900年代後半に新たに形を変えてさらなる進化を果たしていきます。それはまた次の話とさせていただきます。
まとめ
・品質管理は工業化とともに成立した ・産業革命による大容量、大生産の時代の後に労働力を科学的に管理するという考え方がフレデリック・テイラーによってもたらされた ・大規模生産の品質管理に統計的な手法が持ち込まれた(統計的品質管理) ・デミング博士によって、統計的品質管理が体系化された ・敗戦後の日本の産業改革の一貫として、デミング博士を日本に招聘し、日本での品質管理の一般化が行われた |
参考・引用文献:
鐘 亜 軍(2005)品質管理の歴史的展開 ― 日本版TQMを中心に― 環太平洋圏経営研究. 2005年 7号
鎌田 浩一ほか(2010)問題解決に役立つ品質管理―図解でわかる会社の教科書. 誠文堂新光社.
日本科学技術連(2015). 日科技連の足跡からみた品質管理の歩み.https://www.juse.or.jp/upload/files/nenpyou2015.pdf(閲覧日:2022年2月13日)