はじめに
皆さんこんにちは。GCコンテンツ編集部です。本コラム記事は品質管理の歴史をお送りいたします。品質管理の歴史としては2回目の今回が最終回で、TQCとTQMの話を中心に現代まで引き継がれている品質管理の考え方についてお話させていただきます。これまでの手法として落とし込まれている統計的品質管理の話とは異なり、会社全体、経営レベルでの話が今回のメインテーマです。現場でのソフトウェアテスト担当者の方はもちろん、WEBサービス業界の経営層にいらっしゃる方へもおすすめのコラム記事です。ぜひご一読ください。
“手法”としての品質管理からの脱却
これまで、工業史の発展とともに成立してきた品質管理のお話をさせていただいてきました。品質管理の手法は、機械化され、大規模で高品質なものを生み出さなければならない時代になって科学的・統計的な手法として体系化されました。数学的な表現方法を用いた品質の管理は手法として一つの時代を築いたものとも言えるでしょう。
ただ、この時代に起きたパラダイム・シフトはそれだけではありませんでした。というのも、前回の記事でご紹介させていただいた通り、例えばデミング博士は自身の科学的・統計的な品質管理のノウハウによって、会社の経営状態をも改善することができたのです。これは、品質管理が一つの部署の思想・メソッドということではなくて、もはや全社的な経営活動の一環として非常にインパクトがあることを意味しています。
全社的品質管理(Total Quality Control)の登場
1900年代中頃に入って、品質管理が全社的なものとして捉えられるようになり、全社的品質管理(TQC)という言葉が生まれました。
全社的品質管理はフィーゲンバウムによると
「消費者の完全な満足を得るに足りる最も経済的な水準で生産およびサービスを可能ならしめるよう,品質の開発,品質の維持および品質の改善に対する企業内の各種グループの努力を統合化するための効果的なシステム」
と定義されます(鐘 亜軍の訳より引用)。
TQCは統計的品質管理のような方法論に着目されたネーミングでもなく、定義を見てもわかるように経済的な活動の指針であり、企業内の各種グループの努力を統合化するための効果的なシステムなのです。この全社的品質管理の考え方は当時のメイドインジャパン品質の改善にはうってつけでした。
日本での全社的品質管理の発展〜QCサークルの誕生〜
1950年代後半に日本はアメリカから全社的品質管理の考え方を取り入れました。戦後、日本の経済を立て直すにあたって、製品の品質の向上は急務であり、全国で様々な形で全社的品質管理の考え方が全国に波及していったとされています。当時、日本ではトップダウン型の経営によって現場が疲弊し、品質が悪化するという悪循環に陥っていました。そんな中、ボトムアップ型の現場主導での品質管理を体系的に行おうとするQCサークル活動が開始されました。QCサークル活動では、従業員たちがグループを組んで品質について議論が行われ、経営層も現場の従業員もまさに一丸となって品質の向上に取り組まれました。これはまさに全社的な品質管理を意識から改善するもので、日本人の国民性とも非常にマッチしました。
当時アメリカではZero Defects運動(ZD運動)という欠陥をゼロにするという標語を基に行われた運動が知られていました。これを日本版に修正して取り入れることで、全社的品質管理は日本の国民性も手伝って、生まれの国のアメリカとは異なった独自の進化を遂げていくことになります。このように、品質の世界としては世界的に大きく遅れを取ってスタートした日本でしたが、当時世界最先端のアメリカに倣って全社的品質管理を取り入れ、そしてZD運動を参考にし、QCサークル活動をはじめ、1960年代から1980年代にかけて日本の製造業が世界をリードできる立場になりました。
余談
日本史のターニングポイント〜高度経済成長〜 この日本の製造業が世界をリードした1960年代から1980年代は日本史においては高度経済成長とされる時代です。合間合間に東京オリンピックや大阪万博といった国際的な特需があり、目に見えて日本国民が豊かになっていったとされています。また一方、後に公害病の発生や都心への人口集中等現在にもなお引き継がれている出来事が起きたのもこの時期です。令和時代においても学ばなければならない日本史のターニングポイントです |
日本版TQCからTQMへ
1956年、当時の経済白書で「もはや戦後ではない」と記載され、日本経済はどんどん活性化し、そこから30年も経たずして日本は世界きっての経済大国まで成長しました。その躍動の裏にはアメリカの品質管理手法・考え方の模倣と日本独自での新たな全社的品質管理の構築があったのです。
その後、1970年代後半から80年代初頭にかけて,米国と日本において激烈な商品開発競争が展開されました。その成長速度はアメリカにとっても驚異的で、日本企業は急速にアメリカの市場に参入し、アメリカ企業の持っていた市場を奪っていきました。この頃市場を席巻した企業の1つがトヨタです。
トヨタは1950年代にアメリカで一般的であったとされるライン型生産方式を研究し、カンバンボードやジャストインタイムの開発といった独自の価値観を含んだ生産方式を体系立てました。これは、今日でもトヨタ生産方式としてものづくり業界を超えて、ビジネスパーソン全体に広がる知見として、様々な書籍で紹介されています。トヨタ生産方式はTQCの影響も色濃く受けており、まさに日本型のTQCの代名詞とも言える存在でした。
当時のアメリカはトヨタ生産方式を研究し、また新しい品質管理の考え方である総合的品質管理〜Total Quality Management〜を打ち立てました。TQMではTQCとは異なり、ボトムアップ型ではなく企業そのものが主体であるように捉えられました。TQMでは製品の品質に加えて経営の品質をも意識され、現場重視であったTQCに対してプロセスが重視されるようになりました。ターゲットもTQCが顧客第一主義だったのに対し、TQMは顧客+ステークホルダー全体にまで目線を広げて品質が管理されるようになりました。このようにTQMが台頭してきた時期に、不運にも日本版のTQCが限界を迎え始めることになります。
余談
なぜ日本で品質管理が独自の発展を遂げたか 狩野モデルで有名な狩野紀昭さんの著書 Guide to TQM in Service Industries (1996)によるとQuality Controlという言葉の翻訳が一因のようです。 著書からかいつまんで執筆者の理解として説明させていただきますと、”control”という単語は顧客の要求に合う製品をつくる開発活動や品質仕様の決定に求められる計画活動は含まず、与えられた品質仕様が正しく提供される製品が生産するために行う活動です。 英語の”control”が日本語に翻訳される際、本来controlという単語の意味のより近い統制や制御という言葉ではなく、より広範囲な意味を含む「管理」という言葉が選択されました。 結果として、QC活動は日本で応用範囲を広げ、TQMに進化したものも、あまり大きな抵抗なく受け入れられることになったとのことです。 もちろんこうした翻訳の問題だけではないでしょうが、日本でのTQCの独自の進化の要因の一つがこの「誤訳」であることはおそらく間違いないでしょう。1つの歴史の偶然とも言えます。 |
日本でのTQMの導入と品質の国際基準のスタート
1980年以降、日本版TQCが限界を迎え、日本の国際力が低下していきました。日本版TQCが限界を迎えた要因としては(鐘 亜 軍(2005))。日本の国際的な競争力も低下の一途をたどり、ものづくり大国とされた日本は当時の勢いを失ってしまうことになります。「日本が弱まったのか?世界のレベルが上がったのか?」
その頃、日本にアメリカで新たに進化を遂げた品質管理、TQMがもたらされます。1996年にはデミング賞がTQC推奨からTQM推奨へと変わり、新しい品質管理が求められるようになっていきました。国際的な競争力としてはアメリカを始め多くの国々の後塵を拝することになってしまった日本ですが、時代の流れに合わせて柔軟に対応し21世紀に向けて準備を行なっていた時代とも言えます。
国際的な品質管理に対する考え方としては、次の時代に進みます。当時、TQCやTQMといったグローバルスタンダードがもたらされる中で、概念ではなく、第三者機関的に品質について基準を設ける必要性が議論され始めたのです。このような時代背景のなかで、国際的に品質管理の基準を定めるISO9000が制定されました。
ISO9000の制定〜品質管理を地球規模で考える〜
品質管理を地球規模で考える、はISO9000の標語でもなんでもなく、執筆者が記載しただけの文章ですので悪しからず。ただ、ここではこれまで各国で独自に基準が定められてきた品質管理という言葉が意味するところが国際的に定められたことに時代として大きな意味がありました。ISOはInternational Organization for Standardization = 国際標準化機構で、電気分野を除く工業分野の国際的な標準である国際規格を策定するための組織です。ISOはそれぞれ数字とともに規定が割り当てられ、例えばネジ(ISO 68)やカードのサイズ(ISO/IEC 7810)なども定められています。近年、マネジメント系の規定も多く定められており、品質管理の規定もその一つです。品質管理の規定は1987年ISO9000シリーズとして定められました。
ISOへの詳細な考察はここでは避けますが、とにもかくにも、品質管理の歴史としての変換点の一つとして、国際的な機関において品質管理(マネジメント)の基準が定められたことは非常に重要です。これ以後、品質管理の議論はISOとともに行われていきます。ISOはその時期のグローバル・スタンダード、原則を記載しているに過ぎず、一定期間を以て改定されていくことが通常だからです。
※ISO9001に関しては、日本品質保証機構(JQA)の以下のページにて解説されています。
https://www.jqa.jp/service_list/management/service/iso9001/
これから始まる新しい時代の品質管理〜Industry4.0とWeb3.0〜
品質管理は産業革命とともに始まったといっても過言ではありません。大規模大生産の時代にその必要に駆られて品質管理は行われたことはその時期の手法・考え方の発展が物語っています。興味深いことに、その時期の産業革命をIndustry1.0とするならば、現代はIndustry4.0の時代で、ものづくり業界全体に革命がもたらされようとしています(ものづくり太郎さんによるIndustry4.0解説動画で非常にわかりやすく解説されています https://www.youtube.com/watch?v=kyLzDDY3Ii8)。自動車業界においても、CASEやMaasといった、新しい時代を省庁する標語が掲げられ、時代の変換期を迎えています。
時を同じくしてソフトウェア、Webサービス業界においては、これまでGAFAといわれる中央集権型のサービスがビッグデータを基に多方面にサービス展開を行うことで主権を得たWeb2.0時代の進化が緩やかになり、ブロックチェーンやメタバースといった新しい技術、考え方を基にWeb3.0が構築されようとしています。
いずれにおいても、従来型の大規模大生産を基に構築された品質管理の体系的な知識体系の全てが通用することはなく、新しい時代の品質管理が求められ始めています。より正確には品質管理自体が考えられている、というよりは新しい時代のテクノロジーが発展しているため、その後に新しい時代の品質管理が構築されるでしょう、という時代が近く訪れています。
余談
Industry4.0とWeb3.0 Industry4.0やWeb3.0がただの標語なのか、確立した技術体系なのかはまだ議論が分かれるところである印象です。本コラム記事内では解説は行わず、別途機会があれば解説記事を記載したいと思います。 |
こういった未来を見通す目線もまた、歴史を学ぶことで見えてくる視点ですね。さて、いかがでしたでしょうか。品質管理の歴史から、現代そして将来の品質管理について本記事では記載させていただきました。ご存知の通り、現代は世の中全体として大きなテクノロジーが生まれつつあり、時代の変換点となっています。それは品質管理の世界も同じで、これからまさに品質管理の世界も変わっていくところであると言えます。
この新しいテクノロジー・考え方が日々生まれる時代に感謝しながらも、なんとか時代に振り落とされないように精進していきたいものです。
以上で全2回の「Webサービス業界の人々が知るべき品質管理の歴史」を終了させていただきます。
引き続き、IT業界・Webサービス業界の方々にとって少しでもお役に立つ知見を執筆していきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
参考・引用文献・URL:
Kano Noriaki (1996) Guide to TQM in Service Industries, Asian Productivity Org
鐘 亜 軍 (2005) 品質管理の歴史的展開 ― 日本版TQMを中心に― 環太平洋圏経営研究. 2005年 7号
日本科学技術連. QCサークル誕生物語 https://www.juse.or.jp/business/qc/attachment/QC_Circle_birth_story.pdf (閲覧日:2022年6月27日)
一般財団法人 日本品質保証機構. https://www.jqa.jp/service_list/management/service/iso9001/ (閲覧日:2022年6月27日)